「ダンノダイラの磐座」は大和出雲のパワースポット

出雲といえば島根県の出雲大社が有名ですが、奈良県桜井市にも出雲という場所があり、ここにもパワースポットの「ダンノダイラの磐座(いわくら)」があります。

島根県の出雲と奈良県の出雲には何か関係があるのでしょうか?ここでは、奈良県の出雲を「大和出雲」と区別することにし、大和出雲のパワースポットについて紹介したいと思います。

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大和出雲の場所は

奈良県桜井市は、邪馬台国の女王卑弥呼の墓とされる「箸墓古墳」や、「大化改新」の談合を行った「談山神社」・牡丹で有名な「長谷寺」など歴史深い土地です。

大和出雲の場所は、大阪から伊勢まで通じる「伊勢街道(初瀨街道)」長谷寺のすぐ西側にあり、三輪大社のすぐ東側にあります。
「伊勢街道」は、神宮を伊勢に祀った倭姫命(やまとひめのみこと)が大和から伊勢へ向かった際に通った道といわれており、北緯34度31分を貫く「太陽の道」とも関連付けられることから“神意に叶う道”として西からの参宮者が多く利用した道です。

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初瀨街道の初瀨(はつせ)とは、古代のハツセの地名からたきた言葉で、泊瀬・始瀬・長谷とも書き、第21代雄略天皇が、泊瀬朝倉宮を築いた土地でもあります。

出雲という地名は

奈良県には他国の地名が多く、吉備・但馬・三河・阿波・薩摩・兵庫・土佐・武蔵などあり、都があったため各国から集団で移動してきたものと推測されます。

しかし、大和出雲の地名は古く平城京以前にも、「古事記」「日本書紀」「万葉集」にも出ています。
柿本人麻呂の歌にも「山の際(ま)ゆ 出雲の児らは 霧なれや 吉野の山の 嶺にたなびく」「やくもさず 出雲の児らが 黒髪は 吉野の川の 沖になづさふ」と詠まれています。

島根県の「出雲」という国名の由来は、スサノオの命が八俣の大蛇を退治し、助けたクシナダ姫との新居の宮を造られる前に詠まれた
「八雲立つ 出雲八重垣 妻籠みに 八重垣作る その八重垣」からきたという説があります。

「八雲立つ」は、柿本人麻呂の枕詞「やくもさず」と似ていますね。実際のところどちらの出雲が早いのかはわかりませんが、歴史が古いことは間違いありません。

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また、日本の国技相撲発祥の地は、奈良県桜井市で行われた天覧相撲が日本書紀に記載されています。

この天覧相撲で、當麻蹴速(たいまのけはや)と野見宿禰(のみのすくね)が戦い、勝利したのが野見宿禰です。
野見宿禰の出身地が、出雲と日本書紀に記載されていますが、島根県から1日で野見宿禰を呼んでくるのは不可能であるため、大和の出雲村という説もあります。

パワースポット「ダンノダイラの磐座」への道

近鉄大阪線長谷寺駅または朝倉駅から歩くか、車なら長谷寺付近の駐車場に駐めるのが確実です。近鉄桜井駅からバスも出ていますが本数は少ないようです。

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(出典:桜井市出雲地区観光パンフレット)

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十二柱神社からスタート

大昔、十二柱神社には神殿がなく、「ダンノダイラの磐座」を拝んだ場所といわれています。
ここで、「ダンノダイラの磐座」へ向かう安全を祈ってから出発しましょう。

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十二柱神社の見どころは、野見宿禰の「五輪塔」と「狛犬を支える力士像」です。

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五輪塔は昔、野見宿禰の墓といわれる場所にあったのが、巡業時に伊勢街道を通過する力士が宿禰塚を参拝し、それに群がる見物人が畑を荒らすということで、十二柱神社に移したということです。

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鳥居脇の狛犬は、四人の力士がささえている珍しい狛犬です。文久元年(1861)作で石工当邑岡田や久吉と記入されています。

十二柱神社のお詣りが済んだらいよいよ、「ダンノダイラの磐座」へ向かいます。「ダンノダイラの磐座」は、標高450m~480mの所にあり、出雲地区から真北に約1700m急坂を登るので、軽登山の装備が必要です。

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十二神柱神社から向かって左側(西)に行き出雲地区の家の間を通って行くか、旧伊勢街道(初瀨街道)を西に行きコンビニ付近より北に登るかわかり易い方で行ってください。

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ビューポイントからは、棚田の先に大和三山や葛城山・金剛山が望めます。

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棚田を抜けるといよいよ山の中に入って行きます。2/3はコンクリートで舗装されていますが、坂はひじょうに急な直線道です。
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後ろを振り返ると、のどかな風景が見えますが、覚悟して急坂を登ってください。
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車が通れる広い道から本格的な山道に入ります。とりあえず「アンテナ基地」の標識を頼りに登ってください。

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しばらく山道を登ると、「ダンノダイラ」の看板が見えてきます。

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磐座には、右側の「アンテナ基地」方面に向かいます。左側の植林されたなだらかな空間が「ダンノダイラ」という場所です。

ダンノダイラとは

旧出雲村には「伝説も古文書も全てない」というのが地元での常識でした。なぜなら昔、初瀨流れという大洪水や大火にみまわれ村の殆どが焼失したからです。

しかし、明治生まれの古老から「大昔の出雲村は”ダンノダイラ”にあった」という証言から始まりました。
それは、明治の初め頃までは毎年、年に一度”ダンノダイラ”に行き祖先を偲んで弁当を食べたり相撲をしていたということである。

当時(1964年頃)には、昔の出雲村は300m上の山(ダンノダイラ)にあったということは常識では考えられなかったようです。

その後、野見宿禰顕彰会で現地調査を行い「ダンノダイラ」があったことが確認されました。
現在の出雲地区から約140m北にある標高450m~480mの広大な平坦地で、約6.3万㎡ある。

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現在は、50年から60年の杉が植林されています。古い地籍図を調べると、昔は村の入会権地(草刈場と記入)であり明治になって村民に分配され個人所有になった場所ということです。

また。村の古地図には「ダンノダイラ」と朱書きされています。

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(出典:大和出雲の新発見)

1997年(平成9年)に、ダンノダイラの小川側面から土器破片を採取し、6~8世紀の須恵器・大型壺や9~12世紀の羽釜片・12世紀~13世紀の瓦器片など見つかり、古代から出雲人が住んでいたことが証明されました。

パワースポット「ダンノダイラの磐座」

ダンノダイラ分岐看板よりアンテナ基地方面に行くと、「ダンノダイラの磐座」現れます。

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「磐座」は、縦横高さが20m以上ある巨石でであり、訪れる人も殆どいない隠れたパワースポットです。
また、「ダンノダイラ」は、写真のようにほぼ平らで心地よい空間が広がっています。

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(出典:大和出雲の新発見)

参考資料

大和出雲の新発見 榮長増文
野見宿禰と大和出雲 池田雅雄
相撲開祖野見宿禰と大和出雲村 池田雅雄
大和出雲パンフレット 野見宿禰顕彰会発行
いずも!パンフレット 野見宿禰顕彰会・奈良県立大学 なんもな~い課発行  

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