道端に捨てられていた国宝仏像「聖林寺十一面観音立像」噂の真相

奈良県桜井市にある「聖林寺十一面観音立像」は、
和辻哲郎の『古寺巡礼』の中にこういうエピソードが書かれています。

「これは人から伝え聞いた話で、どれほど確実であるかわからないが、もとこの像は三輪山の神宮寺の本尊であって、明治維新の神仏分離令の際に、古神道の権威に押されて、路傍に放棄せられるという悲運に逢った。

この放逐せられた偶像を自分の手に引き取ろうという篤志家(とくしか)は、その界隈にはなかった。そこで幾日も幾日も、この気高い観音は、埃にまみれて雑草のなかに横たわっていた。

ある日偶然に、聖林寺という小さい真宗寺の住職がそこに通りかかって、これはもったいない、誰も拾い手がないのなら拙僧がお守をいたそう、と言って自分の寺へ運んで行った、というのである」

そして、白洲正子の『十一面観音巡礼』の中では、
「アメリカの美術史家フェノロサが大御輪寺の縁の下で見つけ、聖林寺の僧とともに運んだとも記される」

これらのエピソードが本当ではないことは、木心乾漆像(木彫りで像の概形を作り、その上に木屎漆(こくそうるし)を盛り上げて造像したもの)であり、1300年経った今でも一部金箔が残り保存状態が良く大切にされていたことでわかります。

特に『十一面観音巡礼』のエピソードに至っては、フェノロサが来日したのが明治11年で、この土地を訪れたのが明治31年とされているので絶対ありえない話ですね。

聖林寺十一面観音立像

聖林寺十一面観音立像は、左手に水瓶(すいびょう)を持ち、右手は一般的な十一面観音の与願印(よがんいん)ではなく柔らかく指をまげているのが特徴的です。

美しくバランスとれたプロポーションは、『古寺巡礼』の和辻哲郎氏は天平彫刻の最高傑作と称え、フェノロサも絶賛している傑作です。

昭和26年(1951)6月9日付の最初の国宝指定で、「国宝第1号」と言われている「広隆寺の弥勒菩薩半跏像」と同一時期です。

この時、地域順で国宝の「指定番号」を付けていったため国宝指定番号は24号となっていますが、「広隆寺の弥勒菩薩半跏像」に負けない傑作です。

大神神社の神宮寺とは

大神神社(三輪大社)の神宮寺は、大御輪寺(だいごりんじ)で本堂に十一面観音立像が安置されていました。

DSC04706-1

DSC04703-1

鳥居があるため神社のように見えますが、元お寺なのでどう見てもお寺の本堂に見えますね。

DSC04707-1

現在は、大神神社の摂社「若宮社(わかみやしゃ)・大直禰子神社(おおたたねこじんじゃ)」となっています。

聖林寺

聖林寺は、桜井駅から談山神社に向かう多武峯街道の右側の談山山系の前山・安部嶋山の中腹にある。小高い位置にあるため、美しい三輪山を望むことができる。

DSC02064

DSC02046-1

真相は?

この経緯については「桜井風土記」栢木喜一著に詳しくかかれていました。

「大御輪寺の最後の住職である廓通和上(米田甚逸家の出)は、明治初年の廃仏毀釈の時一旦自宅に持ち帰り別座敷に安置していました。

しばらくしてから、廓通和上は聖林寺出身であったため、兄弟子である聖林寺の大心和上にあづけてまつってもらいました。

米田家やその他近くの有志で、毎年油代等の供養料を納めていました。明治31年11月宮内省嘱託として米人フェノロサが多武峰を訪れた時に案内人であった土地の人のすすめで帰途途中に聖林寺に立ち寄りました。

薄暗い本堂の脇でこの観音を拝した時に、仏像のすばらしさに目を見張ったということです。

現在十一面観音立像は、本堂とは別に、長い階段を上った収納庫に安置されています。
DSC02061-1
階段の上に収納庫があります。

DSC02056-1
赤い扉を開けると十一面観音立像と対面することができます。

観音のコピー
聖林寺の十一面観音菩薩像(聖林寺提供)

奈良まほろばソムリエの会の「なら再発見」にもほぼ同一の内容が、米田家の言い伝えということで記載されているので紹介します。

明治元(慶応4)年の神仏分離令によって、この観音様は嵐の中に投げ込まれることとなった。大御輪寺が廃寺となり、ご本尊の観音様は居所がなくなり、やがて聖林寺に落ちつかれ、祀られるという数奇な運命をたどる。
「桜井を縦断して聖林寺まで仏様を荷車で運んだ。坂道はみんなで押し上げた」と、廃仏の時勢の中でも、多くの篤志家が力を出し合った心温まる情景が伝えられている。

当時の聖林寺は学問寺で、聖林寺の住職と大御輪寺の住職が学僧仲間だった。そのつながりで、聖林寺に移されたのは自然のなりゆきだった。ところが、観音様が聖林寺に移されるにあたっては、もう一つ複雑な経過が桜井では語られている。
「聖林寺の十一面観音様は一時期だが、わが家におられた」と桜井市橋本の米田昌徳さんは話す。
「大御輪寺の住職は我が家から出た郭道(かくどう)さんだった。廃寺にあたり還俗、十一面観音様とともに橋本に帰ってきた」と米田家では言い伝えられている。

郭道和尚は聖林寺で学び、廃寺となる大御輪寺の最後の住職だった。廃寺にあたっては他の僧侶とは異なり神官の道を求めず、十一面観音菩薩像とともに寺を去ったのだ。
「わが家で観音様に毎日、お経をあげ、給仕をしていた。寝仏という姿で別座敷に祀られていた」が、米田さんのおばあさんの言葉である。郭道さんは明治2年7月に亡くなり、その後、観音様は聖林寺に移されたということだ。
米田家に明瞭に伝承されてきたこのエピソード、これは信じるべきだろう。

拝観案内

拝観時間
9:00 ~ 16:30(年中無休)
拝観料
大人(中学生以上)400円・小学生 200円
団体(30人以上)360円

(11月の曼荼羅公開中のみ)
大人(中学生以上)500円・小学生 250円
団体(30人以上)450円

アクセス

聖林寺
〒633-0042 奈良県桜井市下692
Tel :0744-43-0005 Fax:0744-43-9505

奈良県桜井市下692

広告

九州を応援しよう!!

【九州ふっこう割】
熊本県で起こった大地震の影響で、九州全体の観光が大幅に落ち込んでしまいました。 九州を応援するため、熊本・大分県が最大7割引、福岡県・佐賀県・長崎県・宮崎県・鹿児島県が最大5割引の宿泊券・旅行券が2016年7月より発行されています。

【旅行予約サイト情報】
楽天トラベル
じゃらんnet
るるぶトラベル
近畿日本ツーリスト
日本旅行
阪急交通社
Yahoo!トラベル
H.I.S.
JAL

発売日は各社により異なります。
即日売り切れが多いのでこまめにチェックするのがコツです。

 イベント情報

広告

ページ上部へ戻る