東大寺二月堂修二会(お水取り)を支える「講」

(2016年9月24日更新)
天平勝宝4年(752)、実忠和尚(じっちゅうかしょう)が創始され、一度も途絶えることなく続けられてきた東大寺二月堂の修二会(お水取り)ですが、これを支えてきたのは「講(講社)」の力があります。

修二会に用いられる、「竹」「蔓」「松明」などの用材調達や、香水を汲むお水取りの警護に至るまで「講」という組織が関わり、長い間絶え間なく支えてきたものなのです。

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講とは

講は元々二月堂の観音さんを慕われて地域で誘い合ってお参りする、自然発生的な地域信仰から組織として発展してきたものです。

東大寺としてではなく、「二月堂」にかかわる講社を「圓玄講社(えんげんこうしゃ)」といい「東大寺二月堂 圓玄講社○○講」というような証書がわたされてきました。

圓玄講社は、奈良だけでなく近畿一円に50~60程度あったようですが、現在は33口だそうです。

昔は、おじいさんがやっていたからと子や孫の代にも繋がっていたようですが、現在は地域信仰に根ざした講の結びつきが薄れて自然消滅することが多いようです。

修二会で用いられる用材は講によって集められた物が多く、真竹は京田辺・藁しべは山城・灯心は安堵・和紙は京都・クツワ蔓は信楽・達陀松明は名張・抹茶は宇治・油は生駒・楊は東大阪など各地から納められています。

百人講

2月18日には、油量りが行われます。
油量りは、行中の灯明に用いられる灯明油の計量を行う行事です。

寄進を行うのは「百人講」で、堂司の立ち会いのもと、1斗・1斗2升・1斗3升と3回に分け合計3斗5升の菜種油が計測され壺に入れます。

計量方法は、昔ながらの目盛りのついた棒を使います。

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油が壺に納めれられると封がされ、さらに油の量を書いた付け札がそれぞれに付けられ、本行がはじまるまで礼堂に置かれます。

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(▲ 出典:奈良大和路~悠~遊~)

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江州紫香楽一心講

江州紫香楽一心講は、東大寺では「藤蔓(ふじずる)」と呼ばれていますが、信楽では「クツワ蔓」と呼んでいる松明に使われる蔓を寄進しています。

江州紫香楽一心講は、滋賀県甲賀市信楽町にあり聖武天皇が大仏を造立の詔を発した、近江国紫香楽宮の場所で東大寺とのつながりが深い地です。

ここは寒暖の差が激しいため、しなりのある良質の藤蔓を育む場所でした。しかし、最近は山林も管理が行き届かないため荒れ放題となり、クツワ蔓もなかなか採れないようになってきました。

河川敷に生えるクツワ蔓は、夏場に目星をつけておきますが、採取時期の冬になれば河川改修で刈られたり降雪で見えなくなったりと苦労が続きます。

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理想は、小指から人差し指くらいの太さで10から15m位、節が少なく断面が白く美しものですが、なかなか集まりません。

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手松明から籠松明までのあらゆる松明や、下駄の鼻緒などの部材にも使用されるため、円形に束ねた状態で軽トラック2台半分(約200kg)が必要です。

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(出典:滋賀ガイド)

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山城松明講

山城松明講は、修二会の上堂松明に用いられる大松明や、一際大きい籠松明の軸に使用される、根付きの竹を奉納しています。

山城の竹は、戦争や昭和28年の風水害によりしばらくの間途絶えていましたが、昭和53年に60年に一度の竹枯れで関西の竹林が全滅の危機となったときに復活されました。

江戸時代には「二月堂送り竹(竹送り)」といい、「二月堂様」と書かれた竹を道に置いておけば奈良街道を行く村人や旅人が少しずつ運び、行の始まる頃には二月堂に届くというリレー方式の運搬方法も行われていました。

現在は2月11日早朝、観音寺で道中の安全を祈願する「竹寄進」の法要のあと、奈良・黒髪山まで車で運び、そこから旧奈良街道の4kmほどの道のりを進んで、二月堂まで届けられます。

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(出典:京田辺道中記)

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(出典:山背旅人の歴史古道あるき)

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(出典:山背旅人の歴史古道あるき)

転害門で信楽のクツワ蔓と合流し二月堂に向かいます。

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(出典:山背旅人の歴史古道あるき)

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伊賀一ノ井松明講

伊賀一ノ井松明講は、達陀松明の芯である松明木(しょうみょうぎ)を寄進します。

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(▲ 達陀 出典:奈良国立博物館 特別陳列『お水取り』)

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(▲達陀松明 出典:東大寺お水取り 小学館)

名張市赤目町一ノ井は、東大寺の荘園である黒田荘が置かれていた場所で、宝治3年(1249)年3月の「法眼聖玄寄進状」という古文書の中に、「二月堂 六段 二七箇夜行法続松千二百把料田也」とあり、お水取り行法の松明用に田6段を二月堂に寄進したことが記されています。

一ノ井の極楽寺では、2月11日に寺の南にある通称「松明山」に入り樹齢100年以上の檜を切り出し、松明に使う板状に加工していきます。

1本の松明は、36.3cm(1尺2寸)で切り口の断面は底辺0.9cm・長さ9cmのクサビ形で、6から7本で1把とし7把を10束・8把を10束作ります。

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3月10日に、松明の荷造り作業が行われ、調進法要が実施されます。

そして、3月12日に道中祈願の後、30kgの松明を担ぎ赤目から笠間峠を越え上笠間まで10kmの道のりを歩きます。

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(出典:わがまち生活情報館)

上笠間より自動車で行き、奈良市内に入り徒歩で二月堂に向かいます。

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(出典:わがまち生活情報館)

松明は二月堂へと運び込まれ東大寺の僧による奉納の儀が執り行われます。
寄進された松明は、翌年の修二会で使用されます。

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(出典:わがまち生活情報館)

伊賀一ノ井松明講の講員は40数名で、講員だけでは運ぶことができないため、20数年前から名張青年会議所「春を呼ぶ会」がサポート役となり、今は一般参加者を含め100人を超える一大イベントとなっています。

まとめ

最近は、インターネットで呼びかけたり一般参加者が増えてきています。

今回紹介した他に、生駒山の大阪側にある講社「河内仲組」は、千人以上の講員を抱える大講社で、牛玉杖(ごおうづえ)を奉納しています。

牛玉杖は、楊(やなぎ)の木で適当な太さに成長した枝を20本ずつ束ね、3束60本を奉納します。

「大阪御正躰(みしょうたい)観音講」は、練行衆が着る紙衣の材料となる仙花紙を奉納します。

また、用材の調達や奉納だけでなく、山添村・伊賀市・名張市にまたがる「東香水(ひがしこうずい)講」と東大阪市・八尾市の「河内永久社」は、3月12日の深夜(13日早朝)に行われる「お水取り」の警護にあたります。

このように、修二会は素朴な信仰に支えられており、決して途切れることのない「不退の行法」なのです。

資料

東大寺二月堂修二会の研究(昭和54年1月25日)
二月堂観音講

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