「東大寺戒壇堂」玄人好み!!の渋い国宝四天王像を安置

東大寺大仏殿から西側(大仏殿に向かって左)に行くと、東大寺の戒壇堂がある。

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ここまで来ると、観光客も殆どいなくなり奈良の落ち着いた雰囲気を味わうことができる。
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階段が美しいので「戒壇堂」という訳ではない。
仏教が日本に伝来されてからしばらくの間は、税を逃れるなど僧侶には特権があったため、修行せずに出家した者や堕落した僧侶も多かった。

そのため、天平勝宝6年(754)に聖武上皇らは唐から渡来した鑑真から戒を授かり、翌年日本初の正式な授戒の場として戒壇院を建立した。

これ以降僧になるためには東大寺戒壇院と、それ以降築いた筑紫大宰府の観世音寺、下野国(現在の栃木県)薬師寺、のいずれかで受戒しないと正式な僧になることが出来なくなった。

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(▲東大寺戒壇院伽藍図 江戸時代 パンフレットより)
戒壇院創設当初は、金堂・講堂・軒廊・回廊・僧坊・北築地・鳥居等があったと東大寺要録に記録がある。

その後、三度の火災により創建当時の伽藍はなくなったため、現在は享保17年(1732)「戒壇堂」として復興された。
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戒壇堂の周囲

戒壇院周辺の「奈良八重桜」
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「奈良八重桜(ナラノヤエザクラ)」は、桜の品種名だ。>>遅咲きの桜「奈良八重桜」を楽しむ!!

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紅葉も・・・
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戒壇堂内

堂内には、四天王(塑像)と多宝塔(木造)が安置されている。
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多宝塔は、享保17年(1732)に堂と共に造られたもので、中に鑑真和上が唐から持ってきたといわれる釈迦・多宝の二仏をまつる(現在の多宝塔内は模造品・将来品は東大寺ミュージアム収納庫)。

当初の四天王は銅像であったが、現在は東大寺内の中門堂から移されたもので、天平時代の傑作とパンフレットに記入されている。
しかし、東大寺法華堂の本尊・不空羂索観音像の立つ八角須弥壇に残る痕跡が、この四天王像の台座と同一でこれにより法華堂にあったという仮説もある。
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(出典:パンフレット)

四天王は仏法を守護する神で、戒壇堂の四隅に安置されている。
持国天、増長天は目を見開いて、敵を目前に見るように怒りをあらわにしている。
多聞天と広目天は眉根を強く寄せて目を細め、小鼻をふくらませて遠くを見つめている。

『金光明経四天王品』によれば、彼らは外敵だけではなく、私たち衆生のこともよく見ており、その行状を上司にあたる帝釈天に報告しているという。
広目天の筆と巻物は、私達の行いを見つめ閻魔帳に記入しているのだろうか?
いやいや、敵の情報を集め戦略を練るための物か?

一つ一つの像を見つめながら、想像を膨らませるのも面白い。

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